る。
自分が、こんなにして予期しない時旅行に出られたのも、一方からいえば、彼女の健康が原因となっていた。何時死ぬか分らない、何時どんなことが起るか分らないと、絶えず死に脅迫されていた母は、万一自分が歿した場合、私はどうなるかを考えずにはいなかった。ただ一人ほかない弟妹どもの姉として、私はいやでも彼等の母を務めなければならない。五つから十七八の同胞を置きすてて、私がどうして、自分のためだからといって、楽にゆっくりと外国を遊んで来られよう。生きているうち、一寸でも様子を見て来たら、またその次にはどうにかなるだろう、というのが、母の衷心の計画であったのである。
それを――、如何に私が医学に無智でも糖尿病と分娩とが、どんな危険な道伴れだか位は分っている。――
「大丈夫なの?」
私は、手紙を握り、声を圧えて良人に訊いた。
「大丈夫なの? 私がいないでも。……お産はいつだって随分重いのよ」
「家でなさるのかしらん」
「それはそうですとも。お母様は、お産の時なんかはなお病院がお嫌だわ。……だけれども、一寸、ほんとに大丈夫なの、私。――」
少し顔色を蒼ざめ、緊張した良人を睨むように見つめて、私
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