ろう!
 私は、更紗模様の被布《スプレッド》をかけたベッド・カウチの上に坐り、手に手紙を持ったまま、全く進退|谷《きわ》まったように感じた。
             ○
 年齢からだけいえば、母は、決して出産が不自然な年ではなかった。彼女はまだ若い。私の同胞は、少なからず夭折していた。淋しくなった我々の仲間に、更に新らしい、愛らしい赤児を恵まれることは、五つになった妹のためにもよい。私共もどんなに歓び笑うことだろう。
 けれども、母は、三四年前、十五になる二男を失ってから、重症な糖尿病にかかっていた。激しい精神衝動の結果、衰弱した彼女の神経は一時に多年の疲労を現したように見えた。齦《はぐき》が弛んでまだ確かりした歯が、後から後からとずり抜け、不眠になり、瘠せて来る。一時は大きいことで鳴らしていた彼女の体も、沐浴の時などに見ると、痛ましいほど小さくなった。細胞が脆弱になり抵抗がないので、少し暑気が激しいと、美しい皮膚が、惨めな汗瘡で被われる。一言でいえば、彼女の裡にある生活力が、次第に力強く再生して内部の廃滅を恢復するかまたはそれに斃《たお》されるか、二つに一つの危い状態にあったのであ
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