遠く離れているために、却って近く、我心の裡に感ぜられる心持がしたのである。
始め、この手紙は、母が書く積りでいたのだそうだ。けれども、生憎、この二三日、体の工合が悪くて筆を執られないので、自分が代って書いた、という文字を見ると、私共は、不安になって一層、紙に近く眼を動した。
実は、やや突然で驚くかもしれないが、母は、十二月の末頃に、出産の予定になっている、体の工合の悪いのもそのためで、近頃は、大儀で頭も大分疲れているらしく見えるという。それを読むと、私共は、思わず、
「まあ!…………」
と云って顔を見合わせた。云うに言葉も出なかった。激しい不安が互を照り返した。
父は、我々の驚を予期したように、大事ではあるが、一方から見ればそれだけ健康が恢復したことになるのだから安心しているようにと云っている。然し、自分は、それを強いて父が自分等二人に与えている、或は彼自身に与えている気休めだとほか受取れなかった。静穏に、淀みのない彼の書翰は、ここまで来ると、見えない曇を帯び、無理に、何ものかを意識の外に押しやったような形跡がある。
彼も心配しているのだ。それにしても、母は、どんな心持でいるだ
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