う、遠い、夢より朧《おぼ》ろな或る場所を想像に浮べた。そこでは、灰色の砂が、波のように蜒《うね》りをうって、地平線の彼方まで続いている。カラバンが通る。人間は頭にタアバンを巻き、駱駝《らくだ》は頸に鈴を鳴らして、白い夕月の淡い空の下を、のろのろと旅行する。オアシスという緑地もある。恐ろしい禿鷹の影も映るそうだ、ということなどを、漫然心のどこかに止めていたのである。
けれども、今、この眼で、たといゴビの砂漠とは異ってもディザアトと呼ぶ場所を見ると、私は、鋭い色調と音楽的な美感に胸を打たれずにはいられない。
巨人仙人掌《ジャイアント・カクタス》の奇怪な叢生が珍しい許りではない。無限の砂地とそこここに聳えるテーブル・ランドが簡勁な線で我々を魅するものでもない。
砂漠には、一瞬も停止することない色彩の顫動がある。聴けば聴くほど心を彼方に牽き入れる沈黙の声に満ちている。
窓から凝っと自然を眺め、ライラック色の砂地、濃紫と鋭い金色の山巓、微に消える焔色の空を見詰めたら、人は我身を忘れるだろう。
周囲の沈黙が余り深く広いため、機械的な車輪の響などは、ちっとも我々の注意を牽かなくなる。
地平線から、真直に、涯もない思いが忍びよって来る。雲が流れ動く毎に、砂の色が明るくなり、暗くなり、心を潜めると、静かな地球の廻転につれて、滑る砂粒のささやきまで、聴えるように感じられるのである。驟雨《しゅうう》が去り、俄に一面湖水となった砂地の上を駛せ抜けるとき、自分の驚異は、頂上に達した。
一足前に、煤色の雨雲が一団、非常な速力で先駆している。けれども、頭上の雲はまるで燦き、黒燿石のような嶺と漣立つ水の面に、ぱっと、目醒めるような薔薇色を振り撒いているのである。
軽風も流れている。どこかに虹もかかっているに違いない。新鮮に、濡れ、輝く万物の中を、列車は、一筋の黒い飾帯《サッシ》のように縫って行くのである。
[#楽譜入る]
自分は、うつろう影と色とに混って、微かな音律を聴くように思った。
Chuap−tono,
Chuap−tono,
Kela ite tsina−u ?
目には見えないけれども、彼方の嶺や此方の山に、ホピ・インディアン(Hopi Indian)ピマ・インディアン(Pima Indian)その他、インディアンの数部族が、彼等の平屋根の上で、素焼を作り、
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