んな応答を聴いている。それは、何だかふだんとはちがう夜に感じられるのであった。
 翌る朝目が醒めると、もう家じゅうが開け放されていて、おばあさんが一人で茶の間にいる。生憎曇って、茶の間からいつも見える山がその朝は見えなかった。それでも、弟たちがステーションへ先発した。おばあさんと私とは俥で、後から家を出かけた。
 ステーションの在る町は村から小一里離れていた。田圃の中にポッツリ一軒唐傘屋があって、そこから次第に餅屋、蚕種試験所と町並が始るのであったが、恰度《ちょうど》二台の俥がつづいて左手に高い石崖のある小学校の角を停車場通りに向って曲った時であった。ジリーンと妙に濁ったベルの音が一つ響いたと思うと、二間ばかり先を駈けていたおばあさんの俥が、幌へ風でも孕んだような工合にスーと後へ顛覆した。極めてゆるやかに、極めて軽やかに梶棒を上にしてひっくり返った。私をのせた若い車夫は惶《あわ》てて体を反らせ、惰力を制して止った。いそいで降りて、ひっくり返った俥の横へ行くと自転車が一台ラムネ屋の屋体の下に横倒しに放《ほっ》ぽり出されていて、夏羽織姿のおばあさんは俥夫と衝突したどこかの小僧とに扶けられて
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