長めな髪を総髪のような工合にかき上げている。瀬川雅夫は教授らしく髪をわけ、髭をたくわえている。それはいかにもめいめいのもっているその人らしさであった。その人らしいと云えば内海厚は、柔かい髪をぴったりと横幅のひろい額の上に梳《す》きつけて、黒ぶちのロイド眼鏡をかけているのだが、その髪と眼鏡と上唇のうすい表情とが、伸子に十九世紀のおしまい頃のロシアの大学生を思いおこさせた。内海厚自身、その感じが気に入っていなくはないらしかった。
 やがて五人の日本人はテーブルを囲んで、茶道具類とパン、バタなどをとりよせ、殆ど衣類は入っていない秋山の衣裳|箪笥《だんす》の棚にしまってあったゆうべののこりの、塩漬|胡瓜《きゅうり》やチーズ、赤いきれいなイクラなどで朝飯をはじめた。
「ロシアの人は昔からよくお茶をのむことが小説にも出て来ますが、来てみると、実際にのみたくなるから妙ですよ」
 瀬川雅夫がそう云った。
「日本でも信州あたりの人はよくお茶をのみますね――大体寒い地方は、そうじゃないですか」
 もち前の啓蒙的な口調で、秋山が答えている。
 うまい塩漬胡瓜をうす切れにしてバタをつけたパンに添えてたべながら
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