チたっていうの、少くとも吉之助さんとしては考えていい問題だと思うんだけれど」
「――歌舞伎だって世話ものには菊五郎のリアリズムだってあるよ」
反駁するように芝居ずきの素子が云った。
「こっちじゃ、時代ものしかやりませんでしたからね。そのせいもあるかもしれませんね」
吉之助が日本へ帰らなければならない時が迫って来た。けれども、同じホテルにいる伸子たちとのつき合いは、はじめと同じに、三四日顔も合わせないまますぎてゆく工合だった。吉之助と伸子たちの間にあるのは、もう不安定なところのない友人の気持だけだった。吉之助が珍しく伸子たちの室に長居して家庭生活の問題も出た夜、素子は、吉之助が去ったあともテーブルのところから動かなかった。そしてその晩、会話の底を流れて、吉之助の上へは影も投げず自分の心の内にだけ推移した心持を思いかえしているようだった。テーブルに背を向けベッドの毛布をはねて、そろそろ寝仕度をはじめている伸子に素子は、
「吉之助もあのくらいはっきり考えて居りゃ、何かになれるかもしれない」
と云った。その声の調子に、思いやりとおちついた期待が響いた。レーニングラードのジプシー料理の店で
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