ス本、劇映画何本、ニュース幾本と、それぞれに企画されていた。
「こういう企画でやっていますから、われわれは資材のゆるすかぎり、適当な時が来ると次の作品のためのセットから衣裳、配役その他の準備をします。しかし、残念なことに、まだ革命からたった十年ですからね。ソヴ・キノは決して必要なだけの設備をもっていません、もう五年たったら、われわれは遙にいい設備をもてると信じています」
 スポーツのスタディアムのように天井の高いセット準備室から別棟のフィルム処理室へと、きのうの雨ですこしぬかるむ通路を行きながら中館公一郎は、
「あきれたもんですね」
と、わきを歩いている伸子に逆説的に云った。
「俳優から大道具までが八時間労働で映画をつくっているなんて話したところで、本気にする者なんかいるもんですか」
 ソヴェトへ来てから、映画におけるプドフキンとかエイゼンシュタインとかいう監督の名は、いちはやく伸子たちの耳にもつよくきこえた。その一つ一つの名を、伸子は何となし文学の世界でバルビュスとかリベディンスキーという名が云われるときのように、そのひとひと固有の達成の素晴らしさとしてききなれた。ソヴェトでもこれら
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