って素子ではなかった。その結果伸子は、ソヴェト社会につきささった自分という不器用で動きのとれないような感じにとらわれ、そのことにむしろきょうの心の手がかりを見出している。その伸子でない素子が、生活を数年このかた継続して来たままのものとして感じており、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の生活で蓄積されてゆく知識や見聞をそれなりに意識していることは自然であり、当然でもあった。伸子と素子とはこういう状態で、外国にいる日本人にとってお祭りさわぎめいた出来ごとであったモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来た歌舞伎の賑《にぎ》わいにはいって行った。
 モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]に駐在する日本の外交官たちの生活が、どんな風に営まれているものか伸子たちの立場では全然うかがいしられなかった。いずれにしろ、いわゆる華やかなものでもなければ、闊達自在な動きにみたされたものでもないことは、大使館の夫人たちの雰囲気でもわかった。歌舞伎が来たことは、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]にいる日本人全体に活気をあたえ、日本の外交官もいまはソヴェトの人々に示すべき何もの
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