ゥをもち、ともに語るべきものをもったというよろこばしげな風だった。
歌舞伎についていろいろな人がモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]からレーニングラードへゆき、またレーニングラードからモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来た。前後してドイツにいた映画や演劇関係の人たちも数人やって来た。
伸子は、たのまれて映画と演劇という雑誌に鷺娘の解説の文章をかいた。日本語で書いたものをロシア語に翻訳してのせるということだった。どうせ考証ぬきの素人がかくことだからせめて文章そのものから白と黒との幻想に描きだされる鷺娘のファンタジーを読者につたえようと努力した。日本の古典的な舞踊の伝統の中に、さらさらとふりかかる雪と傘とがどんなに詩趣を添える手法として愛されているかということなどもかいた。
「どうせわたしにわかる範囲なんだから単純なことなんですけれどね、一生懸命に書いているうちに、段々妙なきもちになって、こまっちゃった」
そう話している伸子とテーブルをはさんでかけているのはドイツから来ている映画監督の中館公一郎と歌舞伎の一座の中で若手の俳優である長原吉之助、素子、そのほか二三人の
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