買iがわざとらしくはしゃいだ調子で、
「まあ思いがけないですこと!」
と、明らかにヴェルデル博士だけを眼中において近づいて来た。
「お邪魔いたしましたわね」
 ヴェルデル博士は、黒いソフトのふちへちょっと手をふれて、技師へ目礼し、いつものおだやかで真面目な口調に苦笑しながら云った。
「誰が誰の邪魔をしたのか、私にはわかりかねますな」
 伸子たち三人はそのまま帰り道へ出てしまった。その間技師は少し顔をあからめたまま、ひとことも口をきかなかった。
「男の方があわてたのさ。エレーナなんか、どうせ出張さきのひと稼ぎの気でいやがるんだ」
 二人きりになると、素子は憤慨して云った。
「あんまり人を馬鹿にしているじゃないか、あんな感じのいいちゃんとした細君をわきへおいときながら、その鼻っさきで――甘助技師奴」
 夜のお茶にパンシオン・ソモロフの人々がみんなテーブルについたとき、素子がとなりのリザ・フョードロヴナに、誰でもする会話の調子で、
「きょう散歩なさいましたか」
ときいた。
「いいえ」
 暗色のロシア風な顔の上ですこし眉をあげるようにして、リザ・フョードロヴナは若くない女のふっくりした声で答え
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