ス。
「わたしは部屋に居ました――本をよんで」
「それは残念でしたこと。わたしたちは、あなたの旦那様とエレーナ・ニコライエヴナが散歩していらっしゃるのにお会いしましたよ、あの原っぱの古いお寺で。――」
 わきできいていて、伸子はきまりわるい心持がした。素子は、リザ・フョードロヴナに感じている好意から技師とエレーナに反撥してそんな風に話しはじめたにちがいないのだ。でも、それはおせっかいで、誰にいい感じを与えることでもなかった。伸子は、そっと素子をつついた。すると素子は、伸子のその合図を無視する証拠のように、こんどはエレーナ・ニコライエヴナに向ってテーブルごしに話しかけた。
「エレーナ・ニコライエヴナ、散歩はいかがでした? あなたが、古い壁画にそれほど興味をおもちなさるとは思いがけませんでしたよ」
 エレーナ・ニコライエヴナは素子がリザ・フョードロヴナに話しかけたときから、歴史教授のリジンスキーといやに熱中して、デーツコエ・セローでは有名なその寺の由緒について喋りはじめていた。自分に話しかけられると、彼女は軽蔑しきった視線をちらりと素子になげて、技師の細君に向って云った。
「ほんとにきょう
前へ 次へ
全1745ページ中485ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング