ノ十字を切った。
もとは、こっちでもちょくちょくそういうことがあったもんですというダーシャの言葉と、学生さんだったんでしょうね、と疑う余地ないように言ったダーシャの感じとりかたが、伸子の感銘にきざまれた。もとはちょいちょい自殺するものがあって、その多くは学生たちだった頃のロシアの生活。ダーシャはその生活を生きて来た。そしていまデーツコエ・セローの歩道で、足もとから埃を立てながらぞろぞろ歩いてゆく若い男女見学団を見物している。それは日曜の平凡な街の風景にすぎなかった。けれども、その平凡さのうちには、伸子の悲しみに均衡する新しい日常性がくりひろげられている。
四
もう十日ばかりで伸子と素子とがパンシオン・ソモロフをひきあげようとしていた九月はじめ、伸子は東京からの電報以来、はじめての手紙をうけとった。丈夫な手漉《てす》きの日本紙でこしらえた横封筒に入れられ、倍額の切手をはられた手紙は厚くて、封筒は父の筆蹟であった。
伸子は手紙をうけとると、素子と一緒に室にとじこもった。封筒を鋏できった。パリッとした白い紙に昭和三年八月十五日。東京。父より。伸子どの。と二行にかかれ
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