トいた。わが家庭の不幸がありてのちいまだ日も浅く、母の涙もかわかざるとき、父としてこの手紙を書くことは、苦痛この上ありません。しかし、伸子も一人異国の空にてどのように歎いているであろうかと推察し、勇を鼓して、保死去の前後の事情を詳細に知らせることにした。泰造は、伸子が見馴れている万年筆の字でそう書いている。その万年筆は、ペン先がどうしたはずみか妙にねじれてしまっていたが、泰造はそれでもほかのよりは書きいいと云って、ねじれたペンを裏がえしにつかって書いていた。動坂の家庭生活のこまごました癖やそのちらかり工合までを伸子に思いおこさせずにおかない父の筆蹟は、肉体的な実感で伸子をつかんだ。
 今年も七月早々母は持病の糖尿病によるあせも[#「あせも」に傍点]の悪化をおそれて、例の如く桜山へつや子とともに避暑し、動坂の家にのこりたるは保、和一郎と余のみ。保は、二十日間のドイツ語講習会を無事終了。その二三日来特に暑気甚しく、三十一日の夜は和一郎、保、余三人、保の講習会を終った慰労をかねてホテルの屋上にて食事、映画を見物して帰った。その夜も保は映画の喜劇に大笑いし極めて愉快そうに見えた。
 三十一日は
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