h)になっている。
伸子と素子とがデーツコエ・セローについて、ごくあらましにしろあれこれの知識をもったのは、ヴ・オ・ク・スのつけてくれた案内者と一緒に、七月の或る一日その大公園と離宮の村を歩きまわったからだった。そのとき案内者がアベードのためにつれ込んだ下宿は、ずっととまっている下宿人のほかに、日曜などにはそうやって不意の客もうけ入れる派手な落付きのない家だった。公園の一部を見晴らす庭に面した広間のあっちこっちにテーブル・クローズのかかった大きい円テーブルをおいて、ネップ(新経済政策)風の社交気分だった。
外へ出てみると、そんなうちは例外で、デーツコエ・セローの村全体の日常は地味で、しかも鬱蒼とした大公園の散歩も、周辺の原始的な原っぱの遠足も思いのままで、伸子は、暫くこんなところに住みたいと思った。
レーニングラードへ来てから伸子と素子とが暮している学者の家には、夏じゅういてもさしつかえなかった。けれども、もとウラジーミル大公の屋敷だったという学者の家の室は、いい部屋であればあるほどつくりが宮廷ごのみで、伸子たちにはしっくり出来なかった。フランス脚が金で塗られた椅子はあっても、モ
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