艪ュ馬車だった。黒い馬が、頸を垂れて挽いてゆく辻馬車の高い御者台の上で、毛皮ふちの緑色の円型帽をかぶった御者は、すっかりゆるめた手綱をもったまま両手をさしかわしに外套の袖口に入れて、こくりこくり揺られている。座席に一人の酔っぱらいが半分横倒しにのっていた。薄い外套の下に白ルバーシカの胸をはだけ、ギターをかかえている。馬車は、伸子たちの目の前へあらわれたときののろさで、アストージェンカの角へ見えなくなって行った。馬車が見えなくなったあといつまでも、蹄の音が単調なうす明りの中に建ち並んでいる通りの建物に反響して、伸子たちのところまできこえた。
伸子は、翌日、保へあて、手紙をかいた。伸子には、倫理学が独立した専門の学問として考えられないこと。哲学そのものが、今日の世界では進歩して来ている。彼は、どういう方向で哲学をやって行こうとしているのか知らしてほしい、そういう意味を書いた。
伸子が保へその手紙を出して一週間ばかり立ったとき、おっかけて保からまた一枚のハガキが来た。それには、前のたよりと何の関係もなく、保の夏のプランが語られていた。僕はこの夏は一つ大いに愉快にやって見ようと思います。保
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