ネければ、哲学だって、ここの国でやってるような方法で哲学をやりゃいいのさ。それなら、生きていることはたしかだもの」
 でも保は、保のこのみで、あらゆる現実から絶対[#「絶対」に傍点]に影響されない純粋[#「純粋」に傍点]な真理を求めようとしている。そのことは伸子にわかりすぎるほどわかっていた。それは人間と自然の諸関係のおどろくべき動きそのものにわけ入って、その動きを肯定し、動きの法則を見出そうとする唯物弁証法の方向とはちがった。保は、何かの折唯物という言葉にさえ反撥したのを、伸子は覚えていた。利己という字につづいた物質的というような意味に感じて。
 しばらく言葉をとぎらせて伸子と素子とがうすら明りの街を見下している午前二時のバルコニーへ、遠くから一つ馬の蹄の音がきこえて来た。その蹄の音は、伸子たちのバルコニーが面している中央美術館通りから響いて来た。石じき道の上へ四つの蹄が順ぐり落ちる音がききわけられるほどゆっくり、アストージェンカに向って進んで来る。やや暫くかかって、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の一台の辻馬車があらわれた。それは、人も馬も眠りながら、白夜の通りを歩いて
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