「|雪の下《ポド・スネージュヌイ》! 春の初花、お買いなさい、あなたのお仕合せのために」
伸子はその花束を眺め、ポケットからチャックつきの赤いロシア鞣の小銭入れを出し、婆さんに三十五カペイキやって花束をうけとった。雪の下という花は、日本で伸子の知っている雪の下のけば立った葉とちがって、つるつるした団扇《うちわ》形の葉をもっていた。その葉を五枚ばかり合わせてふちどりとしたまんなかに、白菫に似たような肉あつの真白な花が数本あつめられている。いかにも雪の下から咲いた早春の花らしく茎のせいが低かった。手袋をはめた指先で摘むようにその小さい花束をもち、アパートメントの段をのぼって行きながら、伸子は顔をよせて香をかいだ。雪の下の真白い花はかおりらしい香ももっていない。それでも、これは、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の春の初花にちがいなかった。伸子は、ガラスの小さい杯に水を入れて花束をそこにさした。そして、大机の自分の領分に飾った。ガラス杯の細いふちに春の光線がきらめいている。窓のそとのフラム・フリスタ・スパシーチェリヤの丘の上は、そこも一面の雪どけで、不規則に反射する明るさのため
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