跳ね越えて、女学生達がよくかけこんでいた向い側の小さな喫茶店。どこも快活で、気軽で、愉しそうだった。そこへ、いつも山高帽子をかぶり、手套をきちんとはめていた佃の姿が陰気に登場する。つづいて、その腕にすがって、様々の混乱した思いのなかに若々しい丸顔を亢奮させつづけていた伸子自身の、桜んぼ飾のついた帽子をかぶり、マントを羽織った姿が浮んで来る。無限にひろがりそうになる思い出の複雑さを切りすてるように、伸子は、その大学が第一次ヨーロッパ大戦のあと、ドイツの侵略に対して英雄的に抵抗したベルギーの皇帝夫妻に、名誉博士の称号を与える儀式を挙行した、その日の光景を思い出して、リン博士に話した。
「ああ――それは、わたしたちが国へかえるすこし前のことでした」
 わたしたちと複数で云われたことが、伸子の耳にとまった。リン博士は夫妻でアメリカにいたのだろうか。
「私たちも、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来てまだ長くはないんですよ。――私たちは去年来たんですから」
 ボロージンが、武昌から引あげたのも去年のことであった。――伸子には段々、この経歴のゆたからしいリン博士に向いあって自分が坐って
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