Wラールのホテル・ガリックの屋根裏部屋の露台に出て、パリの夜空に明滅するエッフェル塔のイルミネーションを眺めながら、
「うちのものの状態は、思っていたよりわるいわねえ」
 ディエナからおそく引きあげて来た伸子が素子に訴えた。
「あのひとたちのところには、なんだか、わたしにわからない感情のもつれがあるわ」
 素子は、だまって考えていたが、
「とにかく、あっちはあっちで、もう少し自律的にやって行ける仕組みを考えなくちゃいけないね」
 家族的な感情の沼から、伸子を扶けてぬけ出させようとするように素子が忠告した。
「そのことね。父は、あなたが見てもわかるでしょう? ちょっと、まあよろしくやっていてくれ、という風だわ。くたびれたのね」
「若い連中と、事務的にうちあわせておく必要があるよ、ぶこちゃん」
 その日、夕方早めにホテルへ帰って来た小枝と二人で、伸子は、パリへ来てはじめて招待の晩餐に出かけようとしている多計代のために、裾模様の着物をそろえ、丸帯をしめる日本服の身じまいを手つだった。泰造と多計代が迎えの自動車で出かけて行ってから、和一郎、小枝、つや子と伸子、素子のかたまりは、リュクサンブール公園のそばの中華料理店へ行って食事をした。
 ベルリンやパリの日本料理店が、主として日本人だけあいてにして店をひらいているのに反して、パリの日本人の間に知られている三軒の中華料理店は、上、中、下にわかれたそれぞれの範囲で、パリにいるいろんな外国人やフランス人の客で繁昌しているのだった。
 店のものは、伸子たちのような日本人の客に対してはごく事務的だった。必要以外の口はきかず、愛嬌らしいまなざしも笑顔も示さなかった。それは、リュクサンブール公園のなかですれちがう幾組かの中国学生たちが、ひとめで伸子たちの一団を日本人と見わけた瞬間、彼らの間をとおりすぎたある空気と同じものだった。その空気は、日本人一般に対しての批判と非難を示すものであり、パリにいる中国の青年たちにそういう感情をもたせるのは、日本軍閥の満州侵略であり、第二次、第三次山東出兵であり、済南で行った日本軍の残虐行為のためだった。数百名の共産党員を銃殺し、労働者のストライキを弾圧しながらハルビンでソヴェト領事館へ侵入したり、東支鉄道の幹部を逮捕したりしている南京政府に対して、フランスにいる進歩的な中国青年は抗議していた。フランス共産
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