ス。つや子が十三の少女だということも、一行のプログラムを一層複雑にした。ヨーロッパの習慣で、つや子はまだ親たちの表だった社交の生活には加えられなかった。泰造と多計代、和一郎と小枝、素子と伸子と、それぞれの組にわかれて行動しようとするとき、一人ぼっちでのこされなければならない少女のつや子は、和一郎と小枝の組か、さもなければ素子と伸子の組か、どっちかにくっつかなければならなかった。二人一組の大人に、子供であって子供でない年のつや子が附属すれば、自然その組の行動は、その条件にしたがえさせられることを意味した。
和一郎と小枝、素子と伸子の二組は、かわりばんこにそういうふたとおりの条件に支配され、佐々のうちのものがパリについてから、和一郎たちにとっても、まる一日が自分たち若夫婦の自由につかえるという日がなかった。このことは、永年思いあっていた従兄妹同士の新婚旅行であるパリ滞在について、和一郎と小枝の深い不満になった。小枝は、だまって、困った顔でいるのだけれど、和一郎は、
「パリへ来てまで、こんな思いさせられるなんか、僕ごめんだ」
言葉に出して、伸子に云うのだった。
「小枝だって、ちゃんと、いやですって云えばいいのに、いつだってぐずぐずなんだもの」
「だって、お兄さま、そうはいかないわ」
姪であったときと、嫁という立場におかれたいまとでは、和一郎と小枝との間にある感情そのものにも複雑さがましているのであった。
伸子は、和一郎の不満、小枝の困惑を、自分の困惑に重ねてうけとった。一週間、十日のことならば、毎日ヴォージラール街のホテルから親たちのいるディエナまで通って来て、一日の三分の二をそこでの必要をみたすためにつかったとしても、何とかなった。どうせ、うちのものと落ち合うために来ているパリなのだったから。そして、伸子は、マルセーユへみんなを迎えに行った晩、一人でのって行く夜汽車の隅で決心もしたのだから。とにかく、うちのものの必要のために役立つものであろう、と。泰造と多計代とは秋の末までパリとロンドンで暮そうとしていた。その上で、和一郎と小枝がヨーロッパへのこることになるかもしれなかった。しかしそれは未定で、泰造と多計代の考え次第でどうなるかわからないことだった。親たちの考え次第でどうなるかわからないというその事情が、和一郎をよけいにいらだたしくしているらしかった。
ヴォー
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