道標
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)海老《えび》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)秋田|訛《なまり》のある言葉を、

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]
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[#ページの左右中央]

   道標 第一部

[#改丁]


    第一章


        一

 からだの下で、列車がゴットンと鈍く大きくゆりかえしながら止った。その拍子に眼がさめた。伸子は、そんな気がして眼をあけた。だが、伸子の眼の前のすぐそばには緑と白のゴバン縞のテーブルかけをかけた四角いテーブルが立っている。そのテーブルの上に伸子のハンド・バッグだの素子の書類入鞄だのがごたごたのっていて、目をうつすと白く塗られた入口のドアの横に、大小数個のトランク、二つの行李、ハルビンで用意した食糧入れの柳製大籠などが、いかにもひとまずそこまで運びこんだという風に積みあげられている。それらが、薄暗い光線のなかに見えた。素子は伸子の位置からすればTの型に、あっちの壁によせておかれているベッドで睡っている。それも、やっぱり薄暗い中に見える。
 ここはモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]だったのだ。伸子は急にはっきり目がさめた。自分たちはモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へついている。――モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]――。
 きのう彼女たちが北停車場へ着いたのは午後五時すぎだった。北国の冬の都会は全く宵景色で、駅からホテルまで来るタクシーの窓からすっかり暮れている街と、街路に流れている灯の色と、その灯かげを掠めて降っている元気のいい雪がみえた。タクシーの窓へ顔をぴったりよせてそとを見ている伸子の前を、どこか田舎風な大きい夜につつまれはじめた都会の街々が、低いところに灯かげをみせ、時には歩道に面した半地下室の店の中から扇形の明りをぱっと雪の降る歩道へ照し出したりして通りすぎた。通行人たちは黒い影絵となって足早にその光と雪の錯綜をよこぎっていた。それらの景色には、ヨーロッパの大都市としては思いがけないような人懐こさがあった。
 きょうはモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]
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