の第一日。――その第一瞥。――伸子はこみ上げて来る感情を抑えきれなくなった。ベッドのきしみで素子をおこさないようにそっと半身おきあがって、窓のカーテンの裾を少しばかりもちあげた。そこへ頭をつっこむようにして外を見た。
二重窓のそとに雪が降っていた。伸子たちがゆうべついたばかりのとき、軽く降っていた雪は、そのまま夜じゅう降りつづけていたものと見える。見えない空の高みから速くどっさりの雪が降っていて、ひろくない往来をへだてた向い側の大工事場の足場に積り、その工事場の入口に哨兵の休み場のために立っている小舎のきのこ[#「きのこ」に傍点]屋根の上にも厚くつもっている。雪の降りしきるその横町には人通りもない。きこえて来る物音もない。そのしずかな雪降りの工事場の前のところを、一人の歩哨が銃をつり皮で肩にかけてゆっくり行ったり来たりしていた。さきのとんがった、赤い星のぬいつけられたフェルトの防寒帽をかぶって、雪の面とすれすれに長く大きい皮製裏毛の防寒外套の裾をひきずるようにして、歩哨は行ったり来たりしている。彼に気づかれることのない三階の窓のカーテンの隅からその様子を眺めおろしている伸子の口元に、ほほえみが浮んだ。ふる雪の中をゆっくり歩いている歩哨は、あとからあとからとおちて来る雪に向って、血色のいい若い顔をいくらか仰向かせ、わざと顔に雪をあてるような恰好で歩いている。若い歩哨は雪がすきらしかった。自分たちの国のゆたかで荘重な冬の季節を愛していて、体の暖い若い顔にかかる雪がうれしいのだろう。雪のすきな伸子には、歩哨の若者が顔を雪にあてる感情がわかるようだった。
「――ぶこちゃん?」
うしろで、目をさましたばかりの素子の声がした。伸子は、カーテンをもち上げていたところから頭をひっこめた。
「めがさめた?」
「あーあよくねた、何時ごろなんだろう」
そう云えば伸子もまだ時計をみていなかった。
「八時半だわ」
素子は一寸の間黙っていたが、ベッドに横になったまま、
「カーテンあけてみないか」
と云った。伸子は、重く大きい海老《えび》茶木綿の綾織カーテンを勢よくひいた。狭いその一室に外光がさしこんだ。雪のふりしきる窓の全景があらわれ、うす緑色の塗料でぬられている彼女たちの室の壁が明るくなった。しかし、その明るさは大きい窓ガラス越しにふる雪の白さがかえって際だって見えるという程の明るさ
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