煤u行ってみる」に傍点]しかないと思うの」
「そうだともさ。行こうよ」
その日は、メーデーからもう二十日あまりたっていた。が、ベルリンの革命的な地区とされているノイケルンの労働者たちとその家族が、五月一日の夜から三日の夜まで自分たちが築いて守ったバリケードと、そこで流された仲間の血について忘れようとしていない証拠が、カール・リープクネヒト館前の広場にあった。それは、白ペンキで広場の石じきのあちらこちらに描かれている大きい輪じるしだった。広場の上にそれぞれはなれて三ところに、白い大きい輪じるしがある。その輪のなかに、警官隊に殺されたノイケルンの労働者の血が流された。カール・リープクネヒト館に向って左手の建物の黒い石の腰羽目のところに、やはりいくところか白ペンキをこすりつけられているところがあった。それは、警官隊の弾丸があたって石がそがれた箇所の目じるしだった。
「土台、メーデーの行進を禁止するなんていうやりかたが、そもそも明らかに挑発さ。百九十万もあるんだぜ、失業が――。それを、ひっこんでいろったって、いられるものかどうか、誰が考えたってわかるこっちゃないの。折あらば弾圧しようと。うの目鷹の目なのさ、ムッソリーニなんてわるい奴さ」
ドイツの保守的な勢力は、ムッソリーニのファシスト独裁をうらやましがっていて、一九二五年、彼がイタリー全土にメーデー行進を禁止したとき、ヒンデンブルグは早速まねして、ドイツでもメーデーを禁止しようとした。ドイツの労働者階級は勇敢にあらそって、メーデーの権利をとりもどしたのだそうだった。
薄曇りしたベルリンの日の光を、ライラック色の旅行外套の肩にうけながら、伸子は瞳のこりかたまったような視線で、広場の上に、くっきりと白く円い三つの輪じるしを見つめた。バーバリ・コートを着てベレー帽をかぶっている背の高い川瀬勇は、
「いまのうちに見ておくことさ」
と、云った。
「ツェルギーベルは、手前が命令してやらせたくせに今となっちゃ、ここにいつまでも白い輪がかかれているのがたまらないんだ。場所がら、ツェルギーベルの名が世界の労働者に向って挑戦しているようなもんだからね」
その広場に面して建っているカール・リープクネヒト館に、ドイツ共産党K・P・Dの本部がおかれているのだった。素子が、まじめなような、からかうような眼つきで川瀬を見ながら、
「そのツェル何
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