ノ会えたらとたのしみにして来たのだった。ベルリンについたあくる日、伸子たちのとまっているパンシオンから近いプラーゲル広場のカフェーで、中館公一郎にあったとき比田のことをきくと、
「あのひとは、いま旅行じゃないんですか」
あっさりしすぎた口調が、何かを伸子に感じさせるように中館公一郎は答えた。
「ジェネ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]かどっちかじゃないんですか。そんなような話だったですよ」
川瀬勇にたずねたときも、伸子は似たような返事をうけとった。
「ああ、彼は旅行中だよ、スウィスだ」
その云いかたは、比田の行くさきについて伸子にそれ以上しつこく訊かせない調子があった。おぼろげながら伸子は理解したのだった。要するに、比田礼二はジェネ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]であろうと、ずっと東のどこかの都市であろうと、彼にとって行かなければならないところへ行っているのだ、と。そして、それについて何もきく必要はないのだし、きくべきではないのだ、と。伸子はそういうところに、ベルリンという土地にいて世界をひろく生きようとしている日本の人たちの暮しぶりがあることを知ったのだった。
美術学校の建築科にいたころから俊才と云われた川瀬勇は、ベルリンのどこかの街にもう三年近く住んで舞台装置や演出の研究をつづけていた。かたわら、ベルリンの急進的な青年劇場の運動にも関係しているらしかった。川瀬勇は、そのころ日本で有名になったプロレタリア作家の、印刷工の大ストライキをあつかった長篇小説を翻訳しているところでもあった。翻訳の話のあいだに、川瀬勇がたいへん能才なドイツの女のひとを愛人としているらしいことが、伸子たちに察しられた。
この川瀬につれられて伸子と素子とはベルリンへ来て間もない或る日、ノイケルン地区へ行った。ベルリンのメーデーに、ノイケルンやウェディングという労働者地区で、数十人の労働者の血が流された。その記事を伸子たちはウィーンにいたとき、偶然買った英字新聞の上でよんだ。
「ただ行ってみたいなんて、何だか恥しいんだけれど」
ノイケルン行きを川瀬勇にたのみながら、伸子は、その地区に生活し、そこでたたかっている人々に対してきまりわるげな顔をした。
「でも、わかるでしょう? あなたがモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来たとすれば、やっぱり赤い広場へは、行ってみる[
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