A一応満員になっているそのホテルで、たった一つだけのこっているという組部屋《コンパートメント》を。
 はじめ着いたホテルが、新興プラーグのビジネス・センターに近くて、設備も近代的をめざしているとすれば、伸子たちが室をとることのできたホテルの気風は、プラーグの優美さをそこに泊ったものに印象づけようとしているらしかった。
 李王世子が泊ったことがあるというその組部屋《コンパートメント》は、ひるがおの花と葉の間に身をおいたような感じの装飾だった。床にしかれたカーペットも壁の絹張りの色もいちように薄みどりの色のニュアンスに調和されていて、天井には、ほんとに露のきらめくひるがおの花びらのような精巧なボヘミアン・グラスのシャンデリアが下から燈火をつつんでいる。寝室には、これもボヘミアらしいレース被いのかかった寝台が並んでいた。日ごろは、閑静なホテルらしいのに、その日はひろくもないロビーに人の出入りがはげしくて、それだのに夕飯の時間になってみると、食堂にはちらりほらりとしか人影がない。ちぐはぐであわただしい空気だった。博覧会のためにプラーグへ集った男女の旅客たちは、行儀のいいホテルの、タバコものめない正式な食堂では陽気になりきれないというわけなのだろう。
 伸子たちは、夕食後、カウンターへよってカルルスバードでは、もうどんな小さいホテルにも空いた部屋はあるまいと聞いて、自分たちの、一晩とまるにしても贅沢すぎて落付けない室へかえって来た。
 かげろうの翅《はね》のような色につつまれた室の一隅に金ぶちのしゃれたガラスの飾り棚がおかれていた。その中に、美術工芸品として世界に有名なボヘミアン・グラスの見事なカットの杯やカメオのような透しやきの小箱などが飾られている。伸子は、少し古びの見える絹ビロードの長椅子にかけて、
「どうする?」
 テーブルのところに立ってタバコに火をつけた素子を見上げた。
「この有様じゃ、何とも仕様がないわね」
 チェッコスロヴァキアの工業博覧会は、向う二ヵ月の予定で開催されているのだった。
「わたし、カルルスバードはやめにする」
「どうして……ここまで来ているのに」
「だって。――わかるじゃないの」
 大雑踏のカルルスバードで、きょうの騒ぎを幾層倍かにした気骨を折ることを思うと、伸子は体が苦しいようになった。
「ね、わたし、ほんとにカルルスバードはやめたいわ。かえ
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