サういうみいり[#「みいり」に傍点]も、カール・マルクス館に住んでいる余徳だと思われているとすれば、労働者の生活として、何という矛盾と偽瞞だろう。伸子は、そういう風に感じずにいられなかった。エハガキ売りの少年の、おとなしくしつけられた、感じのいい物乞い[#「感じのいい物乞い」に傍点]とでも云えるものごしは、素子にもある感銘を与えたらしかった。彼女は、ぶっきら棒に、
「ここへは、誰でも労働者なら住む権利をもっているんですか」
と黒川にきいた。
「今のところ、ここに住んでいる二百七十世帯ばかりの労働者は、大体のところ、古くから社会民主党に入っている労働者の家族ですね」
「――政党労働貴族ってわけですか」
すると黒川は、
「ロシアだって事実はそうなんでしょう?」
からかうような笑顔で伸子を見た。
「コンムニストの労働者だけなんでしょう? 住宅なんかもてるのは――」
「こっちではそういうことになっているの? ロシアって何でもコンムニストだけでやっているっていう話があるのかしら。はっきりおぼえてはいないけれどもソヴェトのコンムニストは人口の一パーセントぐらいよ」
「――ともかくここの社会民主党の政策は、こういう住宅をどんどんふやして、労働者の生活を向上させて行こうとしているんです」
黒川隆三は、
「佐々島博士――御存じでしょう?」
と、『改造』や『中央公論』に、社会主義についての論文をかいている経済学者の名をあげた。
「先生は、大分ウィーンの社会主義には感服しておられるようですよ。都市社会主義からマルクシズムにまで出て来ているって。実際いまのウィーンの労働者住宅の家賃は戦前の十二分の一ですからね」
都市社会主義というのが、どういうものか伸子は知っていなかった。伸子も素子もだまっていた。黒川隆三は、
「どうです。佐々さん!」
はっきり年齢のとらえられない独特のものなれたくちぶりで黒川は伸子に話しの中心を向けて来た。
「こうしてみると、世の中ってものはおもしろいもんでしょう? 労働者の生活向上をやっているのはロシアばかりじゃないんですからね。ボルシェビキでなくたってウィーン社会民主党は、現に労働者生活を改善しているんですから」
「そうかしら」
胸のなかで黒川のいうことをはじきかえした伸子の気持が、そういう声におのずとあらわれた。
「わたしにはそう思えないわ」
「どうし
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