ワしてね」
 ウィーン大学の宗教哲学の学生だという黒川隆三は、伸子たちが日本で学生として考えなれている若者とちがい、世馴れていて、ものをいうにも、いまのように百聞一見にしかず、というような成語をさしはさむのだった。
 シュミットをさがすことは断念したらしく、黒川隆三がまた一本タバコをつけて、何か云い出そうとしたとき、廻廊の奥から一人の少年が、伸子たち一行へ向って歩いて来た。半ズボンの下から少年らしく肉の少い脛と膝小僧を出して、古いシャツの上からジャケットを着たその十一ばかりの男の子は、おとなしい様子で伸子たちの前へ立つと、ウィーンの子供らしい金髪の頭をすこしかしげるようにして、
「こんにちは《グットターク》」
と云った。伸子たちも、
「こんにちは」
と挨拶した。すると、男の子は、何ということなしの身ごなしでそれまで伸子たちの視線からかくされていた右手をさし出して、
「どうぞ《ビテ》」
と、エハガキを見せた。素子が、
「なんなの《チトウ》?」
と、思わずロシア語で云って少年の手にあるエハガキを上からのぞきこんだ。それは、このリンデンホーフの労働者住宅カール・マルクス館の写真エハガキだった。入口の小公園めいた噴水のところから、明るく並んだテラスと窓々の見透《ヴィスタ》し図を撮った写真のエハガキだった。伸子も素子も瞬間躊躇していると、黒川隆三がズボンのポケットからいくらかの小銭をつかみ出して少年にやり、顔みしりらしく|おっかさん《ムッター》がどうとかきいた。少年は内気な表情でそれに答え、伸子たちに、
「ありがとうございます《ダンケ・シェーン》」
と云って、病身そうなぼんのくぼを見せながら、出て来た廻廊の方へ去って行った。黒川隆三は、
「記念に一つ」
と一枚ずつ、伸子と素子にそのエハガキをわけた。「都市行政における社会主義化」を見るために世界各国から参観人が絶えないと黒川がいうこの労働者住宅の状況が、このエハガキを売る少年の表情で、伸子にいかにもと思えた。おそらくきょうは留守のシュミットという旋盤工だった爺さんの室も、お客が来ればドアを開いて内部を見せる住居ときまっているのだろう。そして、一遍うちのなかを外国人に見せるたびに、シュミット爺さんは、案内して来たものからいくらかの志《こころざし》をもらうのだろうと思った。ウィーンは心づけのこまごまといるところだったから。そして、
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