繧、の民衆をおこらしているらしかった。ハンブルグでジェネラル・ストライキがおこる模様だった。「メーデー事件公開調査委員会」というものが、ドイツの労働団体ばかりでなく、各方面の知識人もあつめて組織されようとしているらしかった。
 ウィーン発行の英字新聞だけを読んでいる伸子と素子とにとって、それらすべてのことがらしい[#「らしい」に傍点]としかつかめなかった。その英字新聞は五月三日のベルリン市の状況を報道するのに、何より先に外国人はウンテル・デン・リンデンを全く安全に通行することができる、と書いたような性質の新聞であった。ハンブルグにジェネストがおこりかかっていることも、調査委員会が組織されたことも、その英字新聞は、直接ベルリンのメーデー事件に関係したことではないように、まるでそれぞれが独立したニュースであるかのように同じ頁のあっちこっちにばら撒いてあるのだった。
 伸子と素子とは、黒川隆三が世話してくれた下宿《パンシオン》の三階の陽あたりのいい窓の前におかれたテーブルのところで、ゆっくりそういう新聞紙に目をとおした。
 繁華なケルントナー・ストラッセからそう遠くない静かな横通りにあるその下宿《パンシオン》は、伸子たち女づれの旅行者にホテルぐらしとちがった質素なおちつきを与え、黒い仕着せの胸から白いエプロンをきちんとかけ、レースの頭飾りをつけた行儀のいい女中がパン、コーヒー、ウィンナ・ソーセージの朝飯の盆を運んで来たりするとき、伸子は明るいテーブルのところにかけていて、このウィーン暮しが二週間足らずで終るものだということを忘れがちな雰囲気につつまれた。
 ベデカ(有名な旅行案内書)一冊もっていず、金ももっていない伸子と素子とは、オペラや演劇シーズンの過ぎた五月のウィーンの市じゅうをきままに歩いて、いくつかの美術館を観た。リヒテンシュタイン美術館でルーベンスの「毛皮をまとえる女」を見ただけでも、伸子としては忘られない感銘だった。そこには、ベラスケスの白と桃色と灰色と黒との見事に古びた王女像もあった。
 モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]を出発して来てから十日ばかりたって、伸子ももうウィーンでは下宿《パンシオン》の食事に出るパンの白さに目を見はらなくなった。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]からの冬仕度はすっかりぬぎすてられ、明るい大通りの雑踏に交って、
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