ヨとってかえした。その店には、前日のしかなかった。青く芽だっているリンデンの街路樹の下に佇んで、伸子は五月三日づけの外電をよんだ。ベルリン騒擾第二日という見出しで、数欄が埋められている。できるだけはやく、事件の輪廓をつかもうとして、伸子は自分の語学の許すかぎり、記事をはす読みした。ベルリンでメーデーの行進が禁止されていたことがわかった。それにかまわず、多数の婦人子供の加った十万人ばかりの労働者の行進がベルリン各所に行われて、警官隊との衝突をおこし、ウェディング、モアビイト、ノイケルンその他の労働者街では市街戦になった。警官隊は、大戦のときつかわなかった最新式の自動ピストルまでつかったとかかれている。ウェディングとノイケルンにバリケードが築かれた。二日の夜は附近の街燈が破壊され、真暗闇の中で、バリケードをはさんだ労働者と警官隊とが対峙した。夜半の二時十五分に、装甲自動車が到着して、遂にその明けがた、労働者がバリケードを放棄したまでが、夜じゅう歩きまわった記者の戦慄的なルポルタージュに描写されている。一日二日にかけて労働者側の死者二十数名。負傷者数百。そして千人を越す男女労働者少年が検挙されつつあるとあった。政府がベルリンのメーデー行進を禁止したという理由が、伸子にはまるでのみこめなかった。ドイツは共和国だのに。――政府は社会民主党だのに。――こんな風なら、ワルシャワのメーデーも、行進が禁じられていたのだったろうか。でもなぜ? いったいなぜ? メーデーに労働者がデモンストレートしてはいけないというわけがあるのだろう。不可解な気もちと、腹だたしさの加った不安とで伸子は、眉根と口もとをひきしめながら、その記事をよみ終り、あらましを素子に話した。
「これだから、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の新聞がないのは不便なのさ。何が何だかちっともわかりゃしない」
もどかしそうに素子が云った。そう云いながら、さっきカバンやなにかの買物をした鞣細工店の前をまた通りすぎるとき、素子は、つとそのショウ・ウィンドウへよって行ってまたその中をのぞいた。
三
メーデーにおこったベルリン市の動乱は、五月五日ごろまでつづいた。政府は禁止したが、それを自分たちの権利としてメーデーの行進をしようとしたベルリンの労働者の大群を、武装警官隊が出動して殺傷したことは、ドイツじ
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