ト昼間の印象がこびりついている自分に気づくのだった。灯を消してある病室の中は、ドアの上のガラスからさしこむ廊下の明りにぼんやり照し出されていた。その薄暗がりの中で両眼をあいている伸子には、暗さが圧迫的で、我知らず耳をひかれる物凄い呻り声が高まるにつれ、伸子の体は恐怖といっしょに仰向きに横わったまま浮きあがるような感じだった。
 こんな晩こそナターシャが見たかった。看護婦の大前掛を大きいおなかの上にかけて、はたん杏の頬をして、ゆっくり歩いているナターシャが。でも、ナターシャはよびようがない。彼女は夜勤はしなかった。身重だから。
 呻り声がたかくなってこわさがつのると伸子は息をつめ掛けものの下でぎゅっと両手を握りあわせた。伸子の全心が苦しく緊張し、その苦しさのなかには呻り声から与えられる恐怖とは別に昼間のいやな後味が冴えて尾をひいているのだった。薄い涙を眼のなかに浮かせたまま、伸子は顔をできるだけ深く枕に埋めるようにして明けがた近く、疲れて眠った。

 この二月初旬から三月にかけての間に、本国の佐々の家で多計代を中心にどんな相談がもちあがり、それが実行に移されようとしていたかということについて、伸子は全然知る由もなかった。

        十五

 三月にはいったばかりの或るひる前のことだった。ナターシャと素子とが二人揃って伸子の病室へはいって来た。
 ベッドの中で爪をはさんでいた伸子はそれを見て、
「あら――どうして?」
 小鋏みの手をとめ、鞣外套を着ている素子からナターシャへ、ナターシャから素子へと視線をうつした。素子は伸子の入院以来、かかさず日に一度は病室へ顔を見せていたが、それはいつも必ず午後二時から四時までの面会時間のなかでだった。伸子の顔にかすかな懸念があらわれた。入って来た素子がどこやら緊張した表情で、不機嫌だというのともちがう口の尖《とが》らせかたをしている。伸子は自分の手術のことかと思った。前々日フロムゴリド教授の回診があったとき、原因不明の伸子の肝臓のはれがあんまり永びくから、一遍外科で診察される必要がある、と言われていたのだった。伸子は、手術をのぞんでいなかった。脇腹にパイプのはめこまれた体になることを欲していないのだった。
 素子は、伸子の咄嗟の不安を察したらしく、
「ちょいと早く見せたいものができたんで特別許可をもらったの」
と説明した。

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