オかけた。
「ひどく鄭重なお礼言のおことづけだった」
そう云って素子はハハハと笑った。
「きみのおっかさんの現金なのにゃ、顔まけだ」
モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で病気している伸子が素子の世話になると思うと、多計代はそれとしてはうそのない気持で感謝のことづてをよこしたのだろう、でも素子とすれば過去何年もの間自分に向けられている多計代の猜疑や習慣的に見くだした扱いの、全部をそのことによって忘れることはできないのだった。素子は、おきまりの土産であるミカンを鞄から出して一つずつ伸子のベッドのわきのテーブルへ並べながら、低い声の、ちょっと唇を歪めた表情で、
「君のおっかさんは何と思ってるかしらないが、ここじゃ、ああいう関係、いいことはないよ」
と云った。
「わたしもそう思ったわ。――ほんとに困る……」
「木部中佐とは反対のタイプさ、そうだろう?」
「そうだと思うわ」
「木部君にしたって、あの磊落は外向的ジェスチュアだがね」
伸子は素子のいうことがいちいちわかって、一層せつなかった。心細い活路をそこに見つけるように伸子は、
「あなた、東大の吉沢博士がモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来るかもしれないって話きいて?」
と素子にたずねた。
「誰から?……藤原からかい?」
「私にちょっとそんなこと云ってよ。――もし来るときまったらわたしを診てもらうようにするって母が云っていたって」
「へえ――知らないよ。佐々のお父さんと同郷とかっていう、あの吉沢さんかい?」
「聞いたことがあった?――吉沢さんでも来ればいい」
伸子は、自分の病気を診てもらうもらわないより、せめて自分の病室へは藤原威夫のようなものでない普通の人、天皇のこととか伸子の思想のことだとか云わないあたり前の人に来てほしかった。
その夜は、二つばかりさきの小病室から終夜病人の呻り声がこちらの廊下へまできこえた。伸子が入院してから平穏がつづいているその病棟にはじめてのことだった。その呻り声は、はじまった病気の苦しみというよりも、死ぬ間際のうめきのようにきこえた。婦人病棟だのに、その呻り声は高く低く男のようにしわがれて、ドアの外の廊下を看護婦や当直医の往来する足音がした。
あたりがふっと静まったときまどろみかける伸子は、じきまた聞えて来る呻り声で目をさまされた。さめた瞬間、伸子の心は沈んでい
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