料器械店のようなショウ・ウィンドウをもった中央出版所も、パッサージ・ホテルも、その一画を占めている四階建の大きい四角な建物の、それぞれの側に属していることがわかるのだった。
 伸子たちはモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へついて三日目にホテルで室を代った。そして四階の表側へ来た。広いその室の窓からは、伸子に忘られない情景を印象づけた雪の深夜の工事場を照すアーク燈の光や、大外套の若い歩哨の姿はもうなくて、壊れた大屋根の一部が見られた。十二月の雪の降りしきる空と、遙か通りの彼方の屋根屋根を見わたしながら近くに荒涼と横わっている錆びた鉄骨の古屋根は、思いがけずむき出されている壊滅の痕跡だった。伸子が窓ぎわに佇んで飽きずに降る雪を見ていると、あとからあとから舞い降りる白い雪片が、スッスッと鉄骨の間の暗い穴の中へ吸いこまれてゆく。雪は無限に吸いこまれてゆくようで、それを凝《じ》っと見ていると目がまわって来るようだった。同じ絶え間のない雪は、隣りの大工事場の上にも降りかかっている。そこでは昼夜兼行で建築が進行している。深夜はアーク燈が煌々とそこを照している。伸子はこういう対照のつよい景色に、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]生活の動的な色彩をまざまざと感じるのであった。
 荒廃にまかせられている大屋根は、もとガラス張りの天井で、トゥウェルスカヤ通りの勧工場であった。だから、パッサージ(勧工場)ホテルという田舎っぽい名が、この小ホテルについているのだろう。質素というよりも粗末なくらいのこの小ホテルは、ドアに貼り出してある献立をのぞいては入口にホテルらしいところがないとおり、建物全体にちっともホテルらしさがなかった。表のドアの内側は、一本の棕梠《しゅろ》の鉢植、むき出しの円テーブルが一つあるきりの下足場で、そこから階段がはじまっていた。大理石が踏み減らされたその階段を二階へ出ると、狭い廊下をはさんで、左右に同じような白塗りのドアが並んでいる。一室の戸は夜昼明けはなされていて、そこがこのホテルの事務室だった。二階から四階までの廊下に絨毯《じゅうたん》がしかれていた。黒地に赤だの緑だので花や葉の模様を出した、あの日本の村役場で客用机にかけたりしている机かけのような模様の絨毯が。――
 伸子は、この絨毯に目がついたとき、そのひなびかげんを面白がり、その絨毯を愛した。こ
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