に電報をうち、その人に出迎えられた伸子たちは、自然、秋山たちのいたホテル・パッサージの一室に落つくことになった。
 伸子の心はモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]暮しの第一日から、ここにある昼間の生活にも夜の過しかたにも、親愛感と緊張とで惹《ひ》きつけられて行った。伸子の感受性はうちひらかれて、観るものごとに刺戟をうけずにられなかった。伸子は先ず自分の住んでいる小さな界隈を見きわめることから、一風かわった気力に溢れたモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]という都市の生活に近づいた。
 クレムリンを中心として八方へ、幾本かの大通りが走っている。どれも歴史を辿れば数世紀の物語をもった旧い街すじだが、その一本、昔はトゥウェリの町への街道だった道が、今、トゥウェルスカヤとよばれる目貫きの通りだった。この大通りはクレムリンの城壁の外にある広い広場から遠く一直線にのびて、その途中では、一八一二年のナポレオンのモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]敗退記念門をとおりながら、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]をとりかこむ最も見事な原始林公園・鷲の森の横を通っている。
 このトゥウェルスカヤ通りがはじまってほんの五つか六つブロックを進んだ左側の歩道に向って、ガランとして薄暗い大きい飾窓があった。その薄く埃のたまったようなショウ・ウィンドウの中には、商品らしいものは何一つなくて、人間の内臓模型と猫の内臓模型とがおいてあった。模型は着色の蝋細工でありふれた医学用のものだった。ショウ・ウィンドウの上には、中央出版所と看板が出ていた。しかし、そこはいつ伸子が通ってみても、同じように薄暗くて、埃っぽくて、閉っていて、人気がなかった。この建物の同じ側のむこう角では、中央郵便局の大建築が行われていた。その間にある横丁を左へ曲った第一の狭い戸口が、伸子たちのいるホテル・パッサージだった。
 オフィス・ビルディングのようなその入口のドアに、そこがホテルである証拠には毎日献立が貼り出されていた。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]は紙払底がひどくて、伸子たちはついてすぐいろんな色の紙が思いがけない用途につかわれているのを発見したが、その献立は黄色い大判の紙に、うすい紫インクのコンニャク版ですられていた。伸子がトゥウェルスカヤ通りからぐるりと歩いて来てみると、陰気な医
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