驕B動坂の家を出て別に暮すようになってから、多計代からの電話というと、伸子にはきかない先から用がわかる習慣になってしまった。ああ、もしもし伸ちゃんかえ。ぜひ話したいことがあるから、すぐ来ておくれ。多計代のいうことはきまっていた。
はじめの頃、伸子は呼び出されるとりつぎ電話の口で、ほんとに何か火急な用が出来たのかと思って、当惑したりびっくりしたりした。家の戸締りをして、留守に帰って来る佃のために書きおきして、住んでいた路地の間の家から急いで歩いて動坂の家へ行った。多計代の坐っている食堂に入りかけながら、伸子が息のはずむ声で、
「何かおこったの」
というと、多計代は一向いそがない顔つきで、
「まあお坐り」
と云うのだった。そして、やがて切り出される話は、伸子が佃と暮していた間は、佃や伸子についての多計代の不満だったり、臆測だったりした。素子と生活しはじめてからは、一体、吉見というひとは、という冒頭ではじまる同じような多計代の感情だった。三度にいちどは、気の重い話のでないこともあって、そういうとき多計代はほんとにただ娘と喋りたい気になって、よび出す口実に用があると云っただけらしかった。
いずれにせよ、多計代のすぐ来ておくれ、は伸子にとって一つの苦手であった。素子にとっても。――伸子はそうしてよばれると、じぶくって出かけて、その晩は駒沢の奥までかえれず、翌る日、素子にそのまま話しかねるような多計代との云い合いの表情を顔にのこして戻って来るのだった。
シキウキチヨウアリタシ。その電文をよんだ瞬間、伸子は反射的にぐっと重しがかかって、その場から動くまいとする自分を意識した。
「しかしぶこちゃん、こりゃ放っておいちゃいけないよ」
素子が妙に居すわってしまったような伸子に向って云った。
「ともかく電報うって見よう。――あんまりこれだけじゃ事情がわからないから」
「なんてうつ?」
しばらく思案して素子は、
「事情しらせ、とでも云ってやるか」
と言った。
「それがいいわ。じゃ、すぐ打って来る、正餐までに」
「いっしょに行ってやろう」
伸子と素子とは、人通りのたえている雨の大通りをデーツコエ・セローの郵便局まで出かけて、問い合わせの電報をうった。レイン・コートをもっていない伸子たちは、うすい夏服の前やうしろをすっかり黒く雨にぬらして帰って来た。
「ぶこのおっかさんなんか、わた
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