オがこうやって却って気をもんでることなんか知りもしないんだから……」
毒のない不平の調子で素子が云った。
「ぶこちゃんが、これを放ってでもおいてみろ。無実の罪をきるのは、わたしさ」
東京から返事の電報が来るまでには少くとも二三日かかるということだった。伸子は、シキウキチヨウアリタシに気をわるくしながら、やっぱり返事が気にかかり、落付けず、快活さを失った。夜、素子の室で話したりしているとき、自然その方へ話が向いた。
「まあ、返事が来てからのことさ。次第によったら、いやでも帰らなけりゃならないかもしれないが……」
「ひとりで?」
「――お伴しなくちゃならないというわけかい」
一人で帰ることがいや、いやでないよりも、伸子にとっては今ソヴェトから帰るということが、うけ入れられないのだった。
「先にね、ニューヨークから急に帰ったとき、やっぱり、こんな風だったのよ。母がね、お産をしなければならないのに、こんどは非常に危険だと医者に宣告された、と云って来たんです。わたしはたまらなく心配になってね、無理やり一人で帰って来てみたら、とっくに赤坊は生れてしまっているし、母はおきてけろりとしていたのよ」
あのときの残念な心持、たぶらかされたような切ない心持を伸子はまざまざと思いおこした。ニューヨークで、伸子がアメリカごろの洗濯屋と夫婦になったとか、身重になって始末にこまって結婚したとかいう風聞になやまされた佐々の両親は、多計代の出産ということを口実に伸子がいやでも、大学での研究が中途だった佃をのこして帰って来なければならないように仕向けたことだった。そのときから八九年たった今になって見れば、親たちのばつのわるい立場も苦肉策も伸子に思いやることができた。それでも、父や母が、二十一ばかりだった伸子のまじりけない娘としての心配ごころをつかんで動かしたということについては、思いが消えなかった。伸子は思うとおりに生きようとして親たちに抵抗する娘ではあったが、他人のなかでもまれて育った女とちがって、そういう子供の時分から習慣になっている肉親のいきさつでは案外もろかった。
至急帰朝ありたし、と云って来るからには、何かあるのだろう。だが、伸子は、こんども自分の子供っぽさであわてさせられるのは金輪際いやだった。
「まさか、お父さんがどうかされたんじゃないだろうね」
老年の父親をもっている素子が
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