て、雪にふさがれている寺院のウラル大理石の大階段のところから真白な淋しくおごそかな四方の雪景色を眺めやったことだろう。
 フラム・フリスタ・スパシーチェリヤの建っている丘の周囲は、石の胸壁をめぐらされ、一本の狭い歩道がぐるりとその胸壁の下をまわって、川に面した寺院の正面石段から下りて来たところの道に合している。もう一本、伸子たちが出入りするアストージェンカ一番地の板囲いの前をとおっている歩道が、ずっと河岸近くまで行ったつき当りのようなところに、賑やかな色彩のタイルをはめこんだペルシア公使館の建物があった。河岸はどこでも淋しい。その上に、雪にとざされて、交通人の絶えているフラム・フリスタ・スパシーチェリヤの大階段のあたりは眺望が展《ひら》けているだけに寂寥がみちていた。
 アストージェンカ一番地という場所は、面白い位置だった。河岸はそんなに荒涼とし、淋しさにつつまれているけれども、電車がとおる道の方は、三四流の商店街で、夜でも雪の歩道に灯が流れた。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]を、半円にかこんでいる二本の並木道《ブリ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ール》の内側の一本が、丁度フラム・フリスタ・スパシーチェリヤの真前の小さい広場のところからはじまっていて、その辺にはいつも子供や買物籠を下げた女の姿があり、並木道《ブリ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ール》のはじまるところらしい、ごちゃついたざわめきがあった。ニキーツキー門を通って来る電車の終点がこの並木道《ブリ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ール》の外にあった。並木道の下の停留場ですっかり客をおろした電車は、空のまま戻って行ってすこし先の別の停留場から新しい客をのせた。電車の停留場のある通りは家々の正面の窓から並木道《ブリ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ール》の雪の梢が眺められる住宅街である。
 ひとが、或る町に住んでいて、やがてもうそこには住まなくなる。そのことには、何か不思議な感覚があった。伸子たちの窓からみえる景色が、トゥウェルスカヤ大通りの裏側のこわれた大屋根の鉄骨ではなくなって、アストージェンカの大きいばかりで趣味のないフラム・フリスタ・スパシーチェリヤであり、並木道《ブリ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ール》の入口の光景であるということは、何か不思議な感じだった。

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