ア介がしらせてくれたところだった。市の西南のはじのヴェルサイユ門からパリで一番長い街すじであるヴォージラールがはじまってモンパルナスやラスパイユをつっきり、ホッケーの打棒のようにカーヴした先が、サン・ミシェル通りでソルボンヌ大学につきあたる。ガリックはヴォージラールのヴェルサイユ門に近いところにあった。伸子たちがモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ときけばそこを思い出さずにいられないトゥウェルスカヤ通りがモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]大公の時代からトゥウェリの市とクレムリンの城壁をつなぐ一本のほこりっぽい街道であったように、ヴォージラールは、ヴェルサイユとテュイルリー宮の間を貫くパリの石じき道だった。ヴェルサイユ門を境に、そとの広場はまだ昔ながらのパリのすりへった角石じき道――フランス人民の歴史のなかでは、一度ならず民衆の味方となり、女にもつかめる武器となって来た角石のしかれた道だが、ヴォージラール街へ入ると滑らかな近代の鋪装道路になっている。古くからの街並みの間にはさまって、七階の新しい建物が突立っていた。ホテル・ガリックはその一部を占めていた。新式になりすぎず、さりとて旧いパリ市内のその程度のホテルにはない明るさとゆとりを特色にして、入口のわきの往来に面した部分はかなり広いキャフェ・レストランになっていた。
ガリックに泊っている人のところへ客があって、じかに自分の部屋に通したくない方は、どうぞキャフェの方で、というわけか、白い石張りの入口のホールには腰をおろして喋るような場所がなくてじかに自動エレヴェーターにつづき、エレヴェーターがとまってしまう夜の十時からあとはエレヴェーターのうしろから、白い清潔な石の階段を、伸子たちなら三階まで歩いてのぼってゆくわけだった。
ガリックへ移った日の夕方、伸子は一つの発見をして興がった。それは、パリのエレヴェーターはほんとの上昇機《アッサンスール》だということだった。ガリックのエレヴェーターは三階でよんでもあがって来なかった。パリの人々は電力を無駄にはつかわないことにしているのだった。
モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で暮していた一年半ちかくの間、伸子は実によくひとりで、あっちこっちと歩きまわった。用事があってのときも、そうでなくてのときも。パリでは素子も一緒になって歩いた。表紙の赤い「区
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