ニなしくおかっぱを若い良人に仰向けながら、
「わるかったわねえ。――こんなお部屋しかなくて」
 当惑したように云った。
「電報を拝見するとすぐ一つ二つ心当りをしらべたんですが、あいにくどこにも部屋がなくて」
 磯崎は、永い間腕に抱かれて背をまるめていた子供を、ベッドの上へ柔かにおろしてやりながら云った。この箱のような部屋の中でも、子供の白い服を着せられている姿は、何か特別に伸子の目をひくのだった。
「この部屋も、実は、まだ人がいて見られなかったんです」
「これで結構ですよ――もし何なら追々考えりゃいいんだから――お手数かけました」
 伸子も、
「ほんとに面白いことよ」
と、実感から云った。表側の窓からはモンパルナスの騒音と西日がつよくさし込んでいるが裏側の窓は暗く、何かの建物に密接している。伸子はパリでとまるはじめてのホテルがこういうところで、西日をうけて光る子供の白い服がそこでたった一つの美しいものであるような部屋であることに満足だった。浮いたら浮いたっぱなし、沈んだら沈みっぱなしという風なこの大きい都会で、意識をもって下積みから暮しだせるのは何といいことだろう。七月になると佐々の親たちが家族づれでここへ来る。それまでに、伸子はパリで自分たちのパリ生活というものを経験しておきたかった。それはパリのあたりまえに暮している人々の間にまじりこんだ生活であり、サンティームまでをこまかく計算する倹約な生活への共感であり、しかもパリがパリとして歴史のなかに生きて来ているパリにしかないある精神をとらえようとする生活なのだった。
 磯崎夫妻は伸子たちとはじめての夕飯を|RIJO《リジョ》ですますと、子供がくたびれすぎるからと、まだ夜がふけないうちに帰った。この人たちは、モンパルナスから歩いてじきのデュトという街に住んでいるのだった。伸子たちは、一冊のパリ地図を買った。赤い表紙に銀色の活字で「区別パリ」と書いてある。磯崎恭介は、そのときみんなで休んでいたキャフェの円卓の上でその地図の第六区の頁をあけた。そのとき伸子たち一行がいる地点はひろくて長いモンパルナスの通りのほぼなかほどのところだった。モンパルナスは、天文台《オブザヴァトアール》の角でサン・ミシェルの大通と出会っていて、その左側にルュクサンブール公園があり、ずっとセイヌ河よりの右にソルボンヌ大学があった。
「われわれの住んで
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