、ちつけられて光っているのだった。日本でも、学生だの実直な通勤者たちが、靴の底のへるのを防ぐために打たせる三角形の鋲。まぎれもないその鋲が、マヤコフスキーの靴の裏にうたれている。鋲は、いつもそのひとの歩きぐせで、ほかよりも早くへらされる踵のはじとか、踏みつける平ったい部分の右側とか左側に打たれるものだ。マヤコフスキーの靴裏で鋲のうたれているところは、踵でもなければ、拇指の力がはいる個所でもなかった。へりどめの鋲は、マヤコフスキーの大きな靴の爪先きりきりのところにうたれているのだった。
 爪先にうちつけられている実用一点ばりのへりどめの金は、うちつけられてからいくらか日数がたっていると見えてもうへりはじめ、まるでついさっきまで働いていたようによく光っている。
 広間じゅうは、数々の光によっておごそかに照されて居り、告別の人々の注意は、すべて型どおり遺骸の顔へと向けられている。偶然、自分のところで列が区切られてとまっているばかりに、凝《じ》っとマヤコフスキーの靴の裏を見た伸子は、マヤコフスキーという詩人の生と死との物語を、じかに、その大きな靴の爪先に光っている小さいへりどめ金からききとるように感じた。マヤコフスキーは、特別大きい額と特別大きい燃えるような眼をもって、こんなにいつも先をいそいで歩いていたのだ。爪先がへって、鋲をうちつけなければならないほど。――
 一九一七年から十年の間、マヤコフスキーはおそらく一刻もおくれまいといそいで歩みつづけたのだった。革命の速度におくれまいとし、社会主義の建設におくれまいとして。マヤコフスキーは、おくれないばかりか、常に歴史の先頭に立つことを自分にもとめて来たのにちがいなかった。自分のすべての詩が、たたかう階級の詩であるという確証をもって生きようと欲していたのだったろう。
 だけれども――伸子は、メイエルホリド劇場で観た彼の諷刺劇「風呂」の空虚さを想いおこした。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]には、幾足もの靴をもっている人というのはない。おそらくマヤコフスキーのこの靴が、爪先にうたれている鋲の音をかすかにカタカタさせながらメイエルホリドの舞台の上を、精力的に歩きまわったことだろう。「左翼戦線《レーヴィフロント》」を「革命戦線《レヴォルチョンヌイ・フロント》」とし、ロシア・プロレタリア作家同盟に参加するために、この靴はどん
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