サのそとまで来たとき、一番びりだった伸子たちのうしろに新しい列がつづいて、クードリンスカヤの角までのびていた。
段々列は動いて、作家クラブの正面に入りかかったとき、伸子たちの前にたった一人で来ている若い娘が、迫って来る感動をおさえかねたようにため息をついた。そして伸子たちをふりかえり、哀傷と追慕で柔かく沈んだ声音で、
「あなたマヤコフスキーの詩をよんだでしょう?」
ときいた。
「ええ」
「彼はすばらしい詩人でした」
そう云って、鈍い色のプラトークで頭をつつんでいる若い娘は胸のいっぱいになった眼を門内の光景にひきつけられた。
作家クラブの建物の正面真白な大玄関の柱列には、十数流の黒と赤との長旗が飾られている。今夜の告別式のために二ヵ所にとりつけられた照明燈の強い光が、黒い列のうねっている冬枯れの内庭をてらし出した。列が内庭にはいると、むこうの建物の広間に燈火がきらめいているのが見え、ガラス越しに、明るい燈の下を粛然と動いている列までが見える。
伸子は、うすら寒い早春の夜のなかで息のしにくい気持になって来た。伸子は顔をあげて空を見た。星の多い晩だった。夜のふけた星空のところどころに、春の白い雲がある。
列は、正面入口の長旗に飾られた柱列の間を通って、ひとところ開かれている大扉から建物の内部にはいった。扉の左右に赤軍の兵士が守護している。
列は、伸子と素子とをそのなかにつれて大階段をのぼり、まだ防寒靴をはいている人々の、遠慮がちではあるが重い跫音をつたえて広い廊下を徐々にすすんだ。廊下には紫陽花《あじさい》だの、大輪の菊の花だの、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]では貴重な花の鉢が飾られている。高い窓と窓との間の壁にプラカートがはられていた。――自分のすべての詩をお前に、たたかう階級に与える――マヤコフスキーの詩からの言葉だった。
作家クラブの建物の、この大廊下の部分は伸子にとってはじめてだった。一九二七年の十二月にここで「日本文学の夕べ」がもたれたとき、伸子と素子とが案内された入口は、正面の横についている小門からつづいた石じき道の奥の出入口だった。そこからは「夕べ」のもたれた小講堂ばかりでなく、作家組合の事務所へも通じていて、だんだんモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]をひとり歩きするようになった伸子は、一度ならずその入口から組合事務室へ
前へ
次へ
全873ページ中751ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング