泣Pアーノフの細君がはいって来た。
「正餐をお出ししていいでしょうか」
「どうぞ」
 伸子は、
「ね」
と、素子を見た。
「何かでしょう?」
 いつも落付いて、皿を運んで来て、ときには、
「いかがです? お気に入りますか」
とテーブルのわきに立っていることもあるルケアーノフの細君は、正直で親切な主婦が、ざっと一年悶着なしに暮して来た下宿人に対して急におこった気まずさをかくしているときのかたくるしさで、振舞っているのだった。
「まあ、いいや。話があるなら聞こうじゃないか」
 正餐がすんでからの十五分を待ちかねていたように、ドアがノックされた。
 ルケアーノフは、食事の片づけられたあとの円テーブルに向って伸子が出しておいた椅子にかけた。椅子のなくなった伸子は、自分のベッドにかけた。
「用事というのは、こういうことなんですが」
 こんど住宅管理法がかわった。従来一つの建物は、そこに住んでいる人たちの間から選出された管理委員会で管理していて、たとえばこのアストージェンカ一番地の住宅は、ルケアーノフ自身も委員の一人である管理委員会が見ていた。新しい管理法では、区《ライオン》の住宅委員会が各町々の住宅を綜合して管理することになった。この建物の管理委員会から区《ライオン》の管理委員会への代表が選定された。そして、いままで個人的に部屋がしをしている者は、その室をあけて、各組合の住宅難で困難している人々の間にふりかえることに決定された、というのだった。
「決定された」という言葉が、ルケアーノフと伸子にとってどういう実行力をもつものであるかということはモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]に二年いる伸子たちによくわかった。そういう決定があった以上伸子たちはもうルケアーノフの借室人であることは不可能になったのだ。
「事情は、わかりました。けれども、わたしたちは歩道に暮すことは出来ないんでしてね」
 素子が云った。
「少くとも、別のところを見つけるまでは、あなたも待って下さるでしょう」
 当惑した、というより、にっちもさっちも行かなくなった混乱がルケアーノフの、実直な勤め人らしく小心な顔にひろがった。心臓が弱いそうで、タバコをのまない彼は、途方にくれて、くみ合わせた脚の膝小僧をこするようにした。
「期限が十日間しかないんです」
「たった?――わたしたちが区の住宅管理委員会へ行って話し
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