式のぬらりとした曲線で、花の蕊《ずい》が長くのびたように出来ている。おそらくフランス風を模倣してつくられたものだったろう。けれども、生粋にフランス風なひきしまった線は装飾のどこにも見当らなかった。あらゆる線の重さとその分厚さがロシア風で、この屋敷の豪奢《ごうしゃ》は、はっきり、ロシア化されたフランス趣味というものを語っているようだった。
 対外文化連絡のための事務所として、この建物を選定したとき、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]のその関係の委員会の人々はみんなこの建物を美しいと思い、外国から来るものに、観られるねうちのあるものと思って選んだろう。でも、その人々は、この建物の華麗が、フランス風を模しながら、こんなにもずっしりしたロシア気質を溢らしているという点の意味ふかい面白さ、殆どユーモアに近い面白みを、予測しただろうか。
 伸子は、一層興味を動かされて、ホールの左手にある一室に案内された。そこが応接室につかわれていて、もう数人の先客が、いくらか褪《あ》せた淡紅色のカーペットの上に自由にばらばらおかれている肱《ひじ》かけ椅子の上にかけていた。もとも、ここはやっぱり冬の客室につかわれていたらしく、曲線的なモーデリングのある天井は居心地よいように、暖い感じのあるように割合低く、奥ゆきのある張出し窓が通りに面している。そこにシャボテンの鉢植がのっていた。入ったつき当りにも出窓があり、その前に大型の事務用机が据えてある。事務机はもう一脚、あまりひろくないその室の左手の隅にあるきりだった。そっちでは白いブラウスを着た地味な婦人が事務をとっている。
 秋山宇一が特別注意した美人というのは、一言それと云われないでもわかるほど、際だった容貌の二十七八のアルメニア婦人だった。黒のスカートにうすい桃色のブラウスをつけ、美しい耳環をつけ、陶器のように青白い皮膚と、近東風な長い眉と、素晴らしい眼と、円くて、極めて赤い唇とをもって、その室に入ったつき当りのデスクをうけもっているのであった。
「ああ、プロフェッソル・セガァワ!」
 てきぱきした事務的な愛嬌よさでそのひとは椅子から立ち上った。そして、手入れよく房々とちぢらした黒い髪を頸のまわりでふりさばくようにして、デスクのむこう側から握手の手をのばした。それと同時に、新しい客としてそこに佇んでいる伸子と素子の方へ、それぞれ笑顔をむ
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