エそこに描かれた。
「僕はもう決して佐々さんの困るようなことはしない。それだけは自信がある。――だから、せめてことしいっぱいパリにいることにして」
それは伸子にできないことだ。それよりも、蜂谷に、自分が、そんな女としてあらわれているということの恥しさ。――恥しさは、このひとつきほどのパリ生活間に、蜂谷ともたれたさまざまな情景における伸子自身の姿を、全く別の光で照し出すのだった。
十八
モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の素子から、伸子の手紙への返事が来た。「ブジシンパイスルナ」と。うすいグリーンの用紙に、クラマール郵便局の電信係がかきつけたローマ綴の電文は、いかにもフランス人らしいおかしなまちがいで区切られている。スルナのはじまりのSの字を、パイPaiのおしまいへくっつけて、Paisとかいてある。まだ佐々のうちのものがパリにいた時分、ペレールの家へ磯崎恭介の死去をしらせた電報をうけとったとき、ギリシャ語のようにスケシスと綴りちがえされていたように。
素子からの電報がベルネの二階の伸子の机の上におかれてある。そのわきに、茶色のノートが重ねられている。蜂谷良作の講義は、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ立とうとしている伸子の意志とはりあうようにつづけられている。伸子は、合図のドラが一つ鳴れば、出帆するばかりになっている船のように自分を感じる。ドラが鳴らされなければならない何が自分と蜂谷との間にあるのだろう? ほだされ[#「ほだされ」に傍点]から自分を解くのが自分の責任だと、これほど明瞭にわかって来ているのに。――しかし伸子はドラの鳴るのを待っている。自分の心のどこかで、ドラが高く鳴るのを待っている。
そういう一日のことだった。亀田夫妻が、手軽な御飯の会を催した。クラマールやパリ市内に独身ぐらしをしている友達たちのある人々に、日本風のお香物や番茶の味をたのしましてやろうという、夫妻のもてなしであった。伸子と蜂谷もよばれた。野沢も来ているし、ほかに二人ほど、日ごろ伸子のつき合っていない画家たちも来あわせた。毎日数時間は亀田のアトリエですごしているような柴垣は、そこが気に入りの場所と見えて長椅子の上にパイプをくわえてころがっている。野沢はマルチネの家でそんな風にかけていたように、室の隅によって低い椅子の上にまとまりよく、中央の
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