ォびしくあることに、蜂谷の安定が見出されているらしかった。
「わたしだって、そんなに聖なるものみたいな者じゃないわ」
伸子は、現実にあるままの自分を見失いたくないのだった。
「蜂谷さん、でもあなたどうしてあんなにおこったの? わたしが、あなたはタワーリシチじゃないと云ったとき――それは、ほんとのことだのに」
黒いソフト帽をぬいで、またかぶって、蜂谷良作は、苦しい表情をした。
「僕は嫉妬を感じたんだ。どうにもできないほど烈しく嫉妬したんだ。いつかそういうタワーリシチがあらわれたら、自信をもって伸子さんのその全部を自分のものにするんだろうと思うと……」
その全部を自分のものにする[#「自分のものにする」に傍点]――タワーリシチでも? ぼんやりして、しかしつよい疑いの色が伸子の瞳に浮んだ。
「もう今は、ちがう。もしそういう選手があらわれたら、僕は彼を祝福することができる」
「――わたしの全部を自分のものにした、ということで?」
「それもあるだろう。けれども、それよりももっと、きみ自身のために。僕としては、水火《すいか》をくぐったようなもんだから、これからこそほんとの友情でやって行けると思うんだ。それは否定しないでしょう?」
「そうかしら……」
あのことは、そんなに二人の間で、もうすんでしまったことなのだろうか。二人が別の新しい道の上に出たということが、伸子によくわからなかった。伸子の感覚は、まだどこかゆれている。こんなにして、朝からクラマールの森道へ歩いている二人が、なみ[#「なみ」に傍点]な感情だと云えるだろうか。伸子をプラトニックな存在のように自身に思いこまそうとしているような蜂谷、その蜂谷の気もちもふたしかだった。その蜂谷の気もちのふたしかさに対して、伸子ははっきり地上的な自分を対置させて感じている。そこに伸子は自分のふたしかさを感じる――だまって歩きつづけている伸子の腕を、蜂谷がきつく自分の方にひきよせた。
「佐々さんは、まるで天使みたいに無邪気でやさしい時があるかと思うと、悪魔みたいにつめたくて鋭い時がある。どうして? そうかしら、なんて――」
伸子は、息がとまったような気がした。蜂谷の訴えをこめた批評は、つきなみな表現そのもので、じかに伸子のつきなみさをついた。あいまいなまま何かにひかれている伸子の態度のよくなさが、悪意も計画もない蜂谷の言葉でまざま
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