vえなかった。クラマールの往来のまんなかで、伸子が、きれいなソヴェトの切手を蜂谷にやった。そして、二人は往来に立ちどまって、その小さくていきいきとしたきれいなものをのぞきこんだ。蜂谷良作だから、伸子はそうしたのだったろうか。伸子は、自分の気に入っているものをやりたいと思うような人に対してだったら、誰にでも、あんな風に感興をもって行動するたちだった。蜂谷が、そういうたちの女として伸子を理解しないで、特別彼にだけ、彼がすきだから伸子があんな風にしたと解釈しているとすれば、それは彼のあたりまえさのうちの、乙下の部分で、凡庸だ、と伸子は思った。理づめな蜂谷は、ともかく伸子が自分を好きなのにはちがいないだろうと、つめよるかもしれない。もし彼がそんなことを云ってつめよったら、あんまり中学生だ。いたずらっぽい眼をして、伸子は明るい寝台の上に仰向いたまま素直に笑った。きらいでない、という線からはじまるひろくぼんやりしたこころもちの、どの地点に蜂谷良作はおかれるのだろう。伸子の感情に、恋のかげはちっともさしこんでいないのだった。自分の心が恋にとらわれていないことをはっきり知っている伸子は、おちついて、こまかい景色のあらわれはじめた感情の小道について、吟味をつづけた。その過程で無意識にあまやかされながら。
蜂谷良作が、細君にふれて話したのは、伸子をいやに感じさせることだった。蜂谷の細君と伸子とは互にあったことさえなくて、まるで別なものなのだし、蜂谷にとっても全く別な角度で存在しているもののはずだのに、細君と伸子とをおきならべ見てでもいるような比べかたで彼が話した。そのことは、伸子を傷つける。伸子にとって、蜂谷良作の細君であるという女の立場は、全然関心がないのだ。――
永い間大きい寝台の真中で仰向いていた伸子は、清潔なシーツの間で勢よく寝がえりをうって体をよこにした。あした、もしそんな折があったら、蜂谷良作にはっきりそう云おう。伸子はゆっくりと辿っていた考えに、しめくくりをつけた。伸子の気持を誤解しないように、ということを。もう一つは、彼が伸子に興味をひかれている点を分析してみれば、そこには伸子の生れつきそのものよりも、伸子がモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で暮して来ている女であるということからつけ加えられている、さまざまの要素があるという事実に着目して、蜂谷が現実的な気
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