スわ、忘れものをして来てしまった」
 まじめな心配を顔にあらわして伸子は白い猿のことを話した。
「――どうせ、おもちゃでしょう」
「それはそうだけれど……」
 おもちゃ一つのためにそんなにさわぎたてる伸子がわからないという風に、ぷすりとした表情をしている蜂谷と、椅子の背に手をかけたまま立っている伸子とを見くらべて、フランシーヌが、
「ムシュウ・アチヤ」
 Hの音をフランス流のアに発音して、きいた。
「マドモアゼルは何と云っていらっしゃいますの?」
「わたしは、マスコットをホテルへ忘れて来てしまったんです」
「まあ。どんなマスコット?」
 フランシーヌの英語は、ぎごちなくて、ひどく鼻にかかった。
「白い猿」
 フランシーヌは、ちらりと蜂谷を見た。おとなぶった娘の眼づかいだった。すぐにも一人で戻って行って、忘れものをとって来ようとする気持、それもあわただしすぎると思う気持。伸子はその二つの気持で迷った。
「そんなに気になるんなら、もう少したったら、どうせみんなで市内へ出ようと思っていたところだから、そのついでによって見たらいいじゃないですか」
 伸子が引越して来たおちかづきに、ジャックが店から帰って来たらフランシーヌと四人づれで、支那料理をたべに出かけようというのだった。
 支那料理ということで、伸子はまた困った。日貨排斥がはじまってから、伸子はパリの中華人たちが、日本の帝国主義にひっくるめて、日本人一般に反撥をもっていることを当然だと考えていた。料理店を開いているからには、客として誰が行こうとそれでいいのだろう。けれども、伸子としては、平気でなかった。赤い聯《れん》のかかった帳場の奥の小さい椅子にかけて談笑していた店のものが、入ってゆくこちらを見て、瞬間に表情がかわってゆく。そういうところで、自分のすきなものを、たべる――伸子は支那料理が非常にすきだったから、店の人々の間にある、一種の空気を押しきって、それを食べるということを、よけい動物的に感じるのだった。
 しかしフランシーヌはもうその計画を話されているらしくて、
「ジャックがそろそろ帰る時間ですわ、ちょっと失礼いたします」
 着がえするらしく、二階の部屋へあがって行った。
 ベルネ一家の家政を見ているのは、細君の母親だった。その人にことわって、四人はソルボンヌ大学のそばの、横丁にある中華飯店へ行った。背のひょろり
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