オて、廊下へ出ると、寝室から浴室へ行こうとしている泰造に出会った。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「――雨ね、お父様」
泰造は、白い短い髭のある上唇を、むくりと動かすようにして、
「ああ」
めずらしく、ぶっきら棒な返事だった。
「だまっているんだ。また問題がおこるから」
伸子によけいなお喋りをするな、ということなのか、それとも、うるさいから俺はだまっているんだ、というわけなのか。どっちにしろ、それは伸子に、普通でない泰造の気分を感じさせた。浴室に入ってドアをしめる父親のうしろつきを、廊下にたって伸子はじっと見送った。
おととい、多計代から傷つけられた泰造のこころもちは、いやされていないのだ。
伸子は、まだ仕度されていない食堂へ行って、ぼんやり立っていたが、やがて、寝室のドアをノックしてあけた。多計代はもう起きていて、電燈をつけた鏡に向って髪を結い終ったところだった。
雨が降っていることについては、多計代は何とも云い出さなかった。食堂のヴェランダからは、雲の低いパリの空がひろく見はらせ、目の前のヴェランダはすっかり濡れているのだから、多計代にも雨がふっていることはわかっているにちがいない。伸子のはらはらする気持は、多計代をジェネ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]行の列車の車室にかけさせてしまうまで、休まらなかった。みんなが気をそろえて、天気のわるいことにはふれないで自分をたたせようとしている。そこにこだわって、多計代がおこりだすことはあり得たし、そういって多計代がおこれば、伸子は自分として何と云いつくろうのか知らなかった。浴室へゆく廊下で泰造のああ云った言葉がなければ、伸子は、母の顔を見た最初に、あいにく雨ね、というたちなのだったから。
格別の苦情も云わず、それかと云って旅だつ楽しそうなところもなくて、両親が並んで乗っている列車が発車してから、伸子は寂しいきもちで、モンソー・エ・トカヴィユまでタクシーを駛《はし》らせた。
十時半にホテルへ磯崎須美子が来るはずになっていた。十一月はじめにマルセーユを出帆する太洋丸で日本へかえる須美子は、伸子とおちあって百貨店プランタンへ子供の旅仕度のための買物に行く手筈にきめてあったのだった。
ロンドンできめた予定どおりに運べば、同じ船で、泰造、多計代、つや子も帰国するわけだった。パリへ来てから、多計
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