|82]には、国際連盟の会議のときだけ御出張なんですって」
木村市郎は、数年前、債務整理のために表面上の破産をした小富豪だった。いくつかの銀行の頭取をしていたのをやめてから、夫婦づれでロンドンへ来て、閑静なマリルボーン通りのフラットに一家を構えていた。そして、彼ら夫妻が自家用自動車をもっているわけではないが、ロンドンのクラブ街として有名なペルメル街の自動車クラブの客員になっていて、ロンドン在住の日本人と一部のイギリス人の間に、一種の社会的存在であった。
「木村さんは、『|公平な競争《フェアプレイ》』なんて言葉は、イギリスではもうフットボールのゲームのときにしかつかわないってお説でした。ジェントルマン(紳士)という字は、トイレット用にすぎないってイギリス人自身が云っているんですって――」
「ふーん」
「ほら、蜂谷さんも毒気をぬかれちゃった!」
伸子はおかしそうに声をたてて笑った。
「そこが木村さんの話術なのよ。金持だった木村市郎って名を知っていて日本から訪ねて来るジェネ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]参りの人たちは、その一発で、木村さんを凄い急進派だと思ってしまうのよ。これは社会主義だ、と思うのよ。だから、あとから段々木村さんが、イギリスの商魂《マーチャント・スピリット》ということを云い出してね。しまいに、労働問題でなやんでいる代表たちに、資本家が普通の金利七分から八分を得ようとするのは合理的で世界共通の当然のことなんだから、労働者に、その決算報告を公開して、それでも承知しないんなら、労働者の方がわるいんだ、と云うと、きいている人は、それも社会主義的な考えかただと思ってしまうらしいんです。木村さんは、こんなにわかりやすいことをききに、僕のところまで来るんだからって、あきれたように、お得意だったことよ」
蜂谷良作は、大きな声を出し顔を仰向けて笑った。伸子がモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]からロンドンへ来ている者だということにこだわって、木村市郎は執拗なぐらい独裁ということへ非難をもって行った。イタリーのムッソリーニの独裁と、プロレタリアートの階級としての独裁をごっちゃにしていて、伸子がその点をさすと、木村は、どっちだって、独裁――ディクテーターシップというからには同じことさ、と云ってアーム・チェアの上に胸をはった。そして、そのころ話題になっていた
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