Iールダス・ハックスリーの「ポイント・カウンター・ポイント」という長篇小説を伸子によめとすすめた。日本では、ソヴェトのまねをしてプロレタリア小説だの何だのとさわいでいるが、よめたものじゃない。ハックスリーは、さすがに堂々とかいている。要するに、われわれの階級と労働者階級とは、ポイント・カウンター・ポイントだ、というのが真理だね。けっして、一本になることのない双曲線だというわけだ。ところが、そういう対立があるからこそ、互に協調してやって行こうとし、やっても行ける。というのがイギリスの商魂なんだ。お互がちがうから独裁《ディクテーターシップ》がいるとわめくのは、第三インターナショナルのやりかたさ。債権者や預金者に対しては破産しても、私生活では小さいながら富豪である木村の見解はそういうものだった。
「木村さんていう方の専門はなになのかしら」
「さあ、大学では経済をやっていたんだが――ちょっと新人会あたりに首をつっこんだこともあったらしい」
蜂谷は、考えていて、
「利根亮輔に会いませんでしたか」
と伸子にきいた。
「会いました」
「何していました?」
研究は何をしていたか、という意味だろうということはわかったが、伸子にはすぐ返事ができなかった。
「これは失敬したかな。佐々さんにきいたって無理だろうなあ」
「そうだわね」
ひどく素直に伸子が承認した。
「わたしにはわかっていないわ」
研究の題目がわからないばかりでなく、利根亮輔その人全体が男としても、学者としても、伸子にはわかるようで、わからないのだった。
「あの方は、ある意味で、学問についても人生についても好事家《ディレッタント》なんじゃないのかしら」
だまったまま、蜂谷良作は両方の眉をしかめるような眼つきで伸子を見た。
「利根さんてかた、何をしても、何かそこで味わうものを発見して、そういう風に味わえる自分の能力を味わうっていうタイプじゃないのかしら」
利根亮輔は大英博物館の図書館に近いところにある下宿のようなホテルに住んでいた。そして、毎日、数時間、図書館で勉強していた。マルクスは、イギリス経済学の正統学派から彼の価値論を発展させて来ている。リカアドからマルクスが自分の説を展開させて行ったつぎ目のところに、まだひとが研究していない点がのこされていると、利根亮輔はいうのだった。マルクスと云えば、歯がたたないものとき
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